仙台高等裁判所 平成2年(ラ)15号 決定 1990年5月11日
抗告人 池田豊
主文
原審判を取消す。
本件申立を却下する。
理由
1 本件抗告の趣旨及び抗告の実情は、別紙記載のとおりである。
2 本件記録によれば、次の事実が認められる。
(一) 昭和63年11月29日、原審申立人代理人弁護士○○は、「本籍宮城県桃生郡○○町○○字町××番地×戸主池田忠助改製原戸籍中孫豊の身分事項欄中『父ノ家ニ入ルコトヲ得サルニ因リ』の記載及び父欄『奥山孝夫』の記載並びに本籍宮城県桃生郡○○町○○字町××番地×戸籍筆頭者池田治子の除籍中男豊の父欄『奥山孝夫』の記載の各抹消を許可する。」旨の審判を求めるとの申立をした。申立の事情は、次のとおりである。
(1) 申立人は、亡奥山孝夫(以下孝夫という。)の妻である。
(2) 孝夫は昭和63年3月19日死亡し、その相続が開始された。孝夫の相続人は、妻である申立人と、孝夫と申立人との間の子である長女典子、長男勉、三男行男、二女直子、三女智子、四女かおり及び孝夫と亡池田治子との間の非嫡出子である池田晃(昭和58年10月17日認知)、勝田君江(昭和19年1月1日孝夫出生届出により旧戸籍法により認知と看做される。)の合計9名である。
(3) 孝夫の上記相続人らは、遺産分割協議の上、孝夫所有名義の不動産について相続による所有権移転登記の申請をしたところ、申立の趣旨記載の戸籍謄本等に申立の趣旨記載の事項の記載があることを理由として法務局から移転登記のできない旨及びこれらを抹消するよう指導を受けた。
(4) ところで、抗告人池田豊に関しては、孝夫は認知したことも、孝夫において抗告人の出生届をしたことはない。したがって、孝夫と抗告人との間には法律上父子関係は存在しない。
(二) (1) 前記(1)及び(2)の各事実は、前記池田忠助改製原戸籍及び池田治子の除籍によって明らかである。そして、抗告人池田豊の出生届は、宮城県桃生郡○○町役場に保管されているところ、その謄本によれば、昭和17年12月28日付でなされた届出人母治子による抗告人豊の出生届には、父「奥山孝夫」母「池田治子」、庶子男「豊」との記載があることが認められ、かつ、前記各戸籍の父母欄及び身分事項欄にも同一の記載のあることが認められる。
(2) ところで、前記池田忠助改製原戸籍、本籍東京都足立区○○×丁目××番地の池田の戸籍謄本及び本件記録中の京都家庭裁判所家庭裁判所調査官○○作成の調査報告書によれば、次の事実が窺われる。
(イ) 抗告人はその妹君江(昭和19年1月1日生)及び晃(昭和24年9月20日生)と共に奥山孝夫が実父であると信じ、かつ、戸籍にもその父として奥山孝夫の名前が記載されていたため孝夫によって認知されたものと信じていた。そのため、孝夫の生存中に認知を求める手続をとることもなく過ごしてきた。
(ロ) 君江については、父孝夫によって、その出生届出がなされたにもかかわらず、戸籍上は母池田治子がその出生届出をした旨記載されていたため、昭和38年4月24日右記載は過誤であるとして、職権による戸籍訂正がされた。また、晃については、母池田治子の出生届出がなされていたが、昭和58年10月17日父孝夫から晃を認知する旨の届出がなされた。
(ハ) 抗告人は自分の出生届が母治子によってなされたこと及びそのため右届出が孝夫による認知の効力をもたないことを本件戸籍訂正の申立がなされるまで知らなかった。そして、抗告人は、本件戸籍訂正に応じる意思はなく、もし、本件戸籍訂正許可の申立が認容された場合には、死後認知の訴訟を起こしてでも父が奥山孝夫であることを明らかにする意思である。
3 そこで、上記の認定事実に鑑み、本件戸籍訂正申立が許されるかどうかについて考察する。
(一) 抗告人については母治子によってなされた出生届は、当時の戸籍法の規定(旧戸籍法72条2項、83条)によれば、庶子出生届とは認められないから、前記戸籍の記載中、原審申立人において抹消を求める部分の記載は事実に合致しない記載であるということができる。
(二) しかしながら、原審申立人において訂正を求める前記改製原戸籍及び除籍の記載は、抗告人にとって、父欄が抹消されるという身分上重大な影響を伴うものであり、かつ、抗告人は、その訂正に異議があること前記のとおりである。のみならず、抗告人の孝夫に対する死後認知の訴が認容された場合には、前記各戸籍の父欄の記載は、結局、事実に合致するものとして訂正を要しないこととなる筋合である。
(三) しからば、本件の場合、戸籍の訂正が届出事件本人の身分関係に重大な影響を及ぼすものであり、しかも、事件本人がその訂正に異議を申出ているのみでなく、一旦戸籍訂正をしても、身分関係の確定判決によって再度訂正されることが予想されるから、かような場合は、戸籍法113条に定める手続による戸籍訂正は許されないものであり、同法116条の確定判決による戸籍の訂正をすべきときに該当するものと解するのが相当である。
4 よって、申立人の本件申立を認容した原審判は失当であるからこれを取消し、本件申立を却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 糟谷忠男 裁判官 後藤一男 飯田敏彦)
別紙
抗告の趣旨
「仙台家庭裁判所石巻支部が平成2年2月13日になした昭和63年(家)第438号の審判を取消す。」との裁判を求めます。
抗告の実情
戸籍上の記載の錯誤の発見、戸籍係員の確認不手際による出生届出を受理、記載の過誤が生じたとか。現実に生存する命ある1人の人間に及ぼす精神的な計り知れない苦悩や、損害賠償、保障の救済の方法はないものでしょうか。行政上の不手際だけですまされないと考えます。抗告人は、年齢満47歳で、これからが社会生活、人生の中で最も大切な重要な時期を迎えます。社会的な責任と重責もこれからであります。遺産相続、不動産登記のためだけに本人に何の罪もないのに戸籍訂正し、基本的人権の抹殺、身分の保障も剥奪、かつまた社会生活への多大な支障を法の下で許されてよいのでしょうか。
よって、抗告の趣旨どおりの裁判を求めるに至りました。
小生裁判と名前のつくに出会ったのは初めてなので、不手際による不備があるかもしれませんが、即対応をしてまいりますので、よろしくお願いします。
最後になりましたが、この抗告後に死後認知の申立を致します。これには費用も沢山かかりますので、2、3か月遅れると思います(現在、長男義典、長女慶子の2人が私立大学へ在学中で、仕送り学費で出費が多いので。)。